フランク・ロイド・ライトについて調べてみた!

  • 2020年10月18日
  • 2020年10月18日
  • 建築家

「フランク・ロイド・ライト」という人物をご存知でしょうか?アメリカの建築家で、近代建築の三大巨匠の一人です。日本にも彼のてがけた作品があり、多くの人が知っていると考えられる施設も手がけています。

 

近代建築の巨匠と呼ばれるフランク・ロイド・ライトはどのような人物でしょうか?また、その実績となる建築物にはどのようなものがあるのでしょうか?

 

この記事では、フランク・ロイド・ライトについて以下の内容を紹介します。

 

  • フランク・ロイド・ライトとは
  • フランク・ロイド・ライトの代表的な作品
  • フランク・ロイド・ライトの証明
  • フランク・ロイド・ライトの椅子

 

名前も知らなかったフランク・ロイド・ライトについて、この記事を読むことで興味が湧いてくれる人が、少しでもいればよいなと思います。それでは確認しましょう。

 

フランク・ロイド・ライトとは

フランク・ロイド・ライト(以下、ライト)は、アメリカの建築家であり、ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエと共に、近代建築の三代巨匠と呼ばれています。

 

自動車やバイクなどが好きな人は自宅にカーポートを設置することもあると思いますが、実はカーポートの名付け親がライトです。しかし、実際にカーポート付きの住宅を建築したのはライトの建築事務所に所属していた同僚でした。

 

アメリカで牧師の息子として産まれたライトは、大学の土木科を中退し建築家の事務所で働き始めます。いくつかの事務所を経験した後、その実力を認められ、20代前半で事務所が請け負った住宅設計のほとんどを任されることになります。

 

ライトの建築スタイルとしてもっとも有名なのがプレイリースタイル(草原様式)です。当時シカゴ周辺の住宅には屋根裏や地下室などがあり上下方向で活用していましたが、それを廃止し建物の高さを抑えました。

 

また、水平線を強調し、部屋同士を完全に区切ることなく一つの空間として緩やかに繋げることを特徴としています。ライトは、このプレイリースタイルによって建築家としての評価を高めていきますが、その後は長い低迷期を迎えます。

 

結婚していて6人の子供にも恵まれていましたが、ある依頼の施主の妻と不倫関係になり、離婚に応じなかった妻や子供をおいて不倫相手とヨーロッパへ駆け落ちを強行しました。その後帰国するまでの2年間は設計活動を行っていなかったため、評価が高まることはありませんでした。

 

むしろ不倫問題が明るみに出ることによって、その評価や名声は地に落ち設計の依頼も激減しました。その後不倫相手との新居を構え、少しずつ回復してきた設計依頼をこなしていましたが、新居の使用人が不倫相手や子供、弟子たちを惨殺する事件が発生します。

 

そこからさらに長い期間低迷してしまいますが、その後はカンチレバー(片持ち梁)を取り入れたユーソニアン・ハウスという建設方式を提案し、数多くの住宅を設計することで、70歳代になって表舞台に返り咲きました。

 

フランク・ロイド・ライトの作品

ライトの作品に対する考え方、スタイルは徐々に変遷していきました。特に住宅に関しては、プレイリースタイルからユーソニアン・ハウスへと発展しています。そこで、住宅以外も含めライトが設計した代表的な建築物を紹介します。

 

フランク・ロイド・ライトの住宅

ライトが設計した住宅の中で代表的なものは、プレイリースタイルを取り入れたものと、ユーソニアン・ハウスの考え方で設計されたものです。それぞれ紹介します。

 

ロビー邸

アメリカのオークパークには、ライト自身の住まいや、ライトが設計した住宅が数多くあることで有名です。ロビー邸は1906年に建てられ、このオークパークの隣町であるシカゴにあるシカゴ大学に隣接して建設され、プレイリースタイルの傑作の一つとされています。

 

建物の高さを抑えるプレイリースタイルの特徴がよく表現されており、横への強い広がりや水平が強調された赤レンガの住宅は美しく、多くの建築家に影響を与えています。2019年に世界遺産にも登録されました。

 

高さを抑えたといいつつも、平屋ではなく3階建てで、玄関・リビング・ダイニング・寝室・子供部屋が公開されており、見学可能です。

 

実はロビー邸には和の要素が随所に見られ、ロビー邸を設計する5年ほど前に日本を訪れていたライトが、日本文化に影響を受けたことが見て取れます。日本人としては、このように海外の有名な建築物に日本文化の影響が出ているのは面白いですよね。

 

カウフマン邸(落水荘)

落水荘
落水荘

ロビー邸の建設から30年以上もの時間が経過した1936年にカウフマン邸(落水荘)が建設されました。アメリカのピッツバーグから車で2時間程経過した自然豊かな山の中に、大富豪であるエドガー・カウフマンからの依頼で、別荘用として建築されました。

 

落水荘(フォーリング・ウォーター)と呼ばれる通り、カウフマン邸は滝の上に建っており、自然と調和するプレイリースタイルに基づいて建築されています。これはカウフマンの「滝を眺めて過ごしたい」という要望で実現しました。

 

1階・2階・屋上のすべてにテラスがあり、それらは室内からフラットな床面で接続されているため、大きな空間を実現しています。

 

他に類を見ない建築物でもあり、今でもライトの代表作として多くの人に愛され続けている魅力的な建築物です。

 

ジェイコブス邸

ジェイコブ邸
ジェイコブ邸

大恐慌真っただ中で、比較的安価に建築できる住宅の考え方であるユーソニアン・ハウスの代表的な建築物が、ウィスコンシン州に建てられたジェイコブス邸です。ライトの友人であった友人夫婦のために建築されました。

 

さまざまな無駄を省いてコストを下げつつ、いかに実用的でカッコいい家にするか?ということを考えて建築された住宅です。比較的マイナーな存在ではありますが、コストを下げつつも魅力的な住宅を建てる際の考え方が詰まった住宅です。

 

フランク・ロイド・ライト 帝国ホテル

帝国ホテル
帝国ホテル

ライトは日本国内で有名な建築物の設計にも関わっています。それは日本を代表するラグジュアリーホテルである、帝国ホテルです。帝国ホテルの設計は、ライトの状況が悪化していた時期に依頼されました。

 

残念ながら既にライトが関わった帝国ホテルはその姿を残しておらず、ライトが設計に関わった部分は愛知県の犬山市にある明治村に玄関部分だけ築されています。また、1/25スケールの模型は栃木県にある東武ワールドスクウェアに残されています。

 

当時の総支配人に依頼されて設計を始めたライトですが、完璧主義者だったがために予算オーバーや納期の遅れなどで経営陣と激しく対立し、完成を見る前に総支配人と共に解任されてしまいました。その後は一番弟子の遠藤新が引き継ぎ、完成させています。

 

フランク・ロイド・ライト 日本

日本に訪れることがあり、浮世絵に興味を持つなど日本文化を自身の設計にも取り入れていたライトですが、日本にも帝国ホテル以外の建築物を残しています。

 

池袋にある自由学園明日館は、国の重要文化財に指定されており、プレイリースタイルが取り入れられた建築物です。当初は自由学園の創設者から、帝国ホテルを引き継いだ遠藤新に依頼がありましたが、そこからライトが推薦されます。

 

帝国ホテルの総支配人であり、ライトと一緒に解任されてしまった林愛作の邸宅もライトの設計により建築されています。東京の駒沢オリンピック公園の隣にあり、現在は電通の厚生施設として利用されています。歴史的な建造物ですが、見学不可なのは残念ですね。

 

豪邸が多くある兵庫県の芦屋にも、ライトが設計した邸宅が建築されています。造り酒屋の当主であった山邑の邸宅として斜面に沿って建築されました。自然との調和を重視するライトの考えがにじみ出た住宅で、現在はヨドコウ迎賓館となっています。

 

このように、日本にもライトの建築物が残されています。

 

フランク・ロイド・ライト 照明

ライトの建築理念を後世に伝える活動として、ライト財団ではライトがデザインした照明・家具・テーブルウェアなどを現代によみがえらせる復刻プロジェクトを1940年に開始しました。

 

ペンダント照明やテーブル照明などさまざまなアイテムが、ライト財団による厳しいライセンス管理のもとyamagiwa社が復刻しており、フランクロイドライトの名を関して販売されています。

 

オンラインショップでも購入可能であり、比較的リーズナブルなものは5万円程度から、高いものでは50万円程度となっています。

 

Yamagiwa社のホームページはこちら

Yamagiwa社ホームページ

 

フランク・ロイド・ライト 椅子

ライト財団が推進する復刻作品の中には椅子も含まれています。椅子は近代建築の三大巨匠である他の2人も設計しており、自宅に三人が設計した椅子をそれぞれ揃えるのも面白いかもしれません。

 

バレルチェアと名づけられた通り、樽をモチーフにした椅子や、ロビーチェアなど直線をうまく使った特徴的なデザインの椅子を残しています。これらの椅子は現在でも受注生産などで5万円程度から購入が可能です。

バレルチェアはこちら → バレルチェア

 

 

フランク・ロイド・ライト まとめ

ライトは近代建築の三大巨匠の一人であり、その建築物は世界遺産に登録されるほど有名な人物です。プレイリースタイルやユーソニアン・ハウスは現在の建築様式にも大きな影響を与えました。

 

一方で不倫駆け落ちや家族の惨殺など、冷遇され、建築家としての地位が低迷する時期があった点は他の2人とは異なります。それでも自身の建築物の素晴らしさで、再び名声を取り戻したことがライトの評価をさらに高めています。

 

浮世絵に興味を持っていたライトは日本文化にも興味を持ち、その建築物には日本文化が取り入れられていることもあります。また、日本にも帝国ホテルを始め、ライトが関わった建築物が残されています。

 

ライト財団により、ライトが関わった建築物の照明や家具などが復刻されていますので、興味を持った人は世界中で評価される家具を購入し、楽しんでみるのもよいのではないでしょうか。

落水荘
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