数寄屋建築『四君子苑』に行ってきました。

数寄屋建築とは

数寄屋造り(すきやづくり)とは、日本の建築様式の一つです。数寄屋の様式を取り入れた住宅の様式とされる。

語源の「数寄」(数奇)とは和歌や茶の湯、生け花など風流を好むことで、「数寄屋」は「好みに任せて作った家」といった意味で茶室を意味する。

数奇屋大工が造る木造構造の家屋。

数寄屋建築を見に行ってきた

知り合いの数寄屋大工 籏さんの案内付きというなんとも贅沢な形で京数寄屋建築の『四君子苑』を見学してきました。

私は全く数寄屋建築については知識がありませんでしたが、数寄屋大工の籏さんに数寄屋建築のことを聞いていると、一度見に行きましょうという話になり、ちょうど見学のできる期間だった『四君子苑』を数寄屋大工の籏さんに教えてもらい、日本の伝統技術を広める会のメンバーの他の2人と合計4人で行ってきました。

そこで見た『四君子苑』は、本当に素晴らしく、本当に素晴らしい経験をさせていただきました。

数寄屋建築『四君子苑』とは

数寄屋建築の四君子苑とは、北村謹次郎と言う方が建てられた京数寄屋建築の建物です。

北村謹次郎さんは奥さんとともに茶道と美術品の蒐集に励まれたそうです。

数寄屋建築とは、茶道ととても関係が深く、お茶でお客さんをおもてなしするのがとても好きだった北村夫妻が、当時の名棟梁の北村捨次郎に建ててもらったそうです。

昭和の15年から19年に建てたと言うのですから、驚きです。

現在は国有形登録文化財にも指定されています。

また四君子苑の凄いところは、庭です。

昭和38年に母屋の建て替えに合わせて大きく改修されました。

その時手がけたのが、鬼才とうたわれた佐野越守です。

佐野越守

庭には、石像美術品があり、重要文化財三点を含む約60点にのぼります。

庭も本当に素晴らしく、人が作ったものでありながら、とても自然です。

こんな素晴らしいものが人為的に作れるものかと感動しました。

寄屋建築の技術の特徴

数寄屋建築とは、より自然な姿で人工物を作る事なのだと思います。

その特徴は、自然のものをそのままの形で使うといったところではないかと思います。

柱は通常の家でしたら、角材を使いますが、数寄屋建築では、丸いまま使います。

また、屋根を材を受ける垂木に関しても、丸いまま使います。

ですから、丸いものと丸いものを組み合わせる技術が必要になります。

そして、どの材料も比較的細めの材料を使っています。

壁は土壁になります。

ですから、庭の中にあっても、その姿は全く違和感がなく、とても自然に調和しています。

また家の中にもたくさんの工夫がしてあり、見た目がとてもスッキリとするように仕上げてあります。

全ての材料が見た目がスッキリと見えるように、細く見える為の加工がしてあります。

そこに職人のこだわりを見ることができます。

数寄屋の建物を見に行かれた際は、是非とも詳細を見てください!

数寄屋建築はここで見られる

数寄屋建築はどこで見られるのか?

実は、京都ではそんなにないみたいです。

四君子苑

廣誠院

弘道館

私もまだ、四君子苑にしか行ったことはないのですが、これから色んな数寄屋建築を見に行きたいと思っています。

数寄屋建築の大工

数寄屋建築とは、一般の方にはあまり馴染みがないかもしれません。

建築業界での経験が長い私であっても京こと 簱さんが初めて会う数寄屋大工です。

数寄屋建築をやっている大工さんというのは、現在ではかなり少数になると思います。

一般の建築に比べて、その特殊性から絶対的な仕事量の少なさが一番に大きな理由だと思います。

お寺などを建てる宮大工さんと同じだと思います。

宮大工さんは、大きな社寺仏閣を建てますが、社寺仏閣に関する仕事がとても少なくなっています。

それと同じで、数寄屋の大工さんも腕を振るう仕事がどんどんなくなってきています。

数寄屋大工は、宮大工とは全く真逆の表現がピッタリだと思います。

数寄屋大工は、宮大工とは真反対の繊細な数寄屋を建てています。

そしてその繊細な技術により日本の美を作り出しているのです。

数寄屋建築まとめ

数寄屋はお茶室が代表的なものですが、昔のお金持ちは、お客さんのおもてなしをお茶室でやっていました。

そうすると必然的にお茶室にとてもお金をかけていました。

昔のお金持ちや権力者が数寄屋建築の美を育てたと言っても過言ではないと思います。

それが、現在のお金持ちは、お茶を嗜む人も少なくなり、その流れで当然お茶室にお金をかけるようなこともなくなりました。

それどころか、現在はお茶室を持つこと家さえもなくなるという事態になってしまっています。

数寄屋建築とは、日本にとってとても意味のある建築です。

木造工法はもともと中国や朝鮮からその技術が渡ってきて、長い年月をかけて、数寄屋建築という日本独自の建築様式を生み出すに至りました。

実は、海外のとても著名な建築家が日本の数寄屋建築に、とても影響を強く受けたと言われています。実際に私のとても好きなフランク・ロイド・ライトという世界的にとても有名なアメリカの建築家は、その建築物のスタイルに数寄屋のスタイルを取り入れているのがよく分かります。

日本の建築文化にとって、数寄屋建築はとても重要な建築なのです。

ですから、今後も日本の数寄屋建築の技術が継承されていけるように、状態を整える必要が急務の状態にあります。

数寄屋建築の技術継承が少しでも行い易くするためには、少しでも数寄屋建築の技術が使える仕事とを増やす必要があります。

本来は、お茶をする人口を増やして、人がお茶室を使う機会を増やしていくのが順当な方法ですが、そこはなかなか時間がかかり難しいなと思っています。

しかし、この先も数寄屋建築の技術を継承できるようにしていくために、いろんな方に協力していただき、数寄屋建築を世界の人に向かって発信していけるような取り組みも今取り組み中です。

少しでも多くの方が数寄屋建築に興味を持っていただき、その技術が継承していけるような状態を作っていけたらと思っています。

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